新興宗教出雲神から古神道に返る事が天孫の名誉回復と日本繁栄につながる

忘れられた肇国の恩人

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

日本に初めて新興宗教が出来たのは弥生時代、出雲に誕生した「シラギ神崇拝教」です。
日本人の精神文化のルーツは、
日抱御霊鎮(ひだきのみたましずめ)」であり、原日本人が誕生して以来、先祖に感謝し大自然に感謝して心を鎮める神事を行っていました。

池に、太陽の光、月の光を浮かべ光る所をジィ~っと見つめ心を鎮めた。
先祖の亡骸の傍に池を造り、先祖に感謝し生命の源に感謝し心を鎮めた。

飛騨から降りて全国に原日本人が広がると、
飛騨日抱きをする所がつづまって地名となる)を懐かしく思いみんなで日抱御霊鎮を行いました。

日抱御霊鎮を行った所に社(やしろ)が建つようになり土地を開いてくださった先祖を子孫が祀りみんなが感謝しお祈りをしたのです。

これが日本の古神道(こしんとう)になっていきます。
素朴で道徳的な自然に心の底からわきでる祈りなのです。

だから古神道には
教祖もいなければ、経典もなく、我以外の神を祀ると祟るぞという「排他性」もありません。
宗教を定義すると、「教祖が居て経典があり排他性がある」事になります。
(山本健造談より)

今回は、今まで紹介してきた『暴かれた古代史 二千年の涙』
『裏古事記 ねじれねじれて二千年』の中に紹介されている古神道の素晴らしさを紹介いたします。

当ブログは、下記と同意見であります。
古代史はお伽話化されています。
二千年前の事がお伽話であろうはずがなく古代史を誤魔化して隠した者がいたのです。
ところが表向き歴史をかくし、そして神事の中に真実の歴史を残したのです。
それに気づき解読して本書に書きました。
私流に解読したものです。
本文中に断定しているような箇所がありましても総て推定です。
本書は過去の歴史であり現在のどの社も、宗教も、どのお方とも関係がありませんのでお断りをしておきます。
(山本健造原著/山本貴美子著 2010『暴かれた古代史』福来出版 まえがき~引用)

シラギ神崇拝教・出雲教の教義とは

由緒略記

平成3年12月1日『出雲大社由緒略記』引用

カテゴリー「古代被差別部落とは」にすでに書いてきましたが
イソタケルは沢山木の種を持って降り、朝鮮には植えないで、すべて日本中にまいてふやして、全部青山にしてしまった」

「スサノオの子がよく種をまいた」…
(だからイソタケルに感謝しなさい…といっているようにみえる)

「オオクニヌシは大物主神とも国作大巳貴命ともいう……八千戈神ともいう。
その子は一八一人いる。大巳貴命と少彦名が天下をつくった。

また現世の国民および家畜のためには、病気治療の方法をさだめた。
また鳥獣や昆虫の災いを除くためには、まじないの法を定めた。

このため百姓は、今に至るまで、
すべて生命力の発展をさせることができた」…
(だから感謝しなさい…といっているようだ)これはまさに教義です。

驚くなかれこの教義は『日本書紀』に書かれているのです。
上の『出雲大社由緒略記』とよく似ています。

『日本書紀』にはこのようにまるでシラギ神崇拝教、出雲教の教義書が入っているのです。
『記紀』が編纂される頃はもうすっかり日本中が出雲思想に覆われていたのです。

『古事記』より『日本書紀』のほうがより大きく出雲寄りです。
このようにシラギ神崇拝教・出雲教には教義があり古神道ではなく新しく起こった宗教なのです。

二千年の長い年月が経ち、
全国の殆どの神社
にシラギや出雲神が祀られて古神道の神が消し去られてしまっているのです

大和民族に流れる古神道とは

日本の古神道

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

日本の古神道は日本列島に人間が現れた時からあったのです。
大自然に畏敬を感じ、自然の恵みに感謝し、先祖に感謝して祈るという極めて素朴なものです。

これは誰が始めたのではない、誰に習ったのではない人間であるがゆえの自然の情なのです。
命を川の流れにたとえて先祖を川上の上(神)と敬い自分は下(しも)であり、自分の子孫から見れば自分は上(かみ)であるのです。

苦労して土地を開いてくださった御恩ある先祖ですから、その土地の上(かみ)です。
またその土地を拓いてくださった神の子孫は先に居た人達であり「ところづき」と敬われたのです。

先祖を祀り感謝を捧げて祈るのはそれは新興宗教的な宗教ではなく素朴な道徳的な自然に心の底からわきでる祈りなのです。

そこには教祖もなく、教義もなく、排他性もありません。

その素朴な祈りが段々と形式化されてくるのです。
そして社が建てられ、鳥居がつくられて整えられてきたのです。

先祖を祀ったのですが古すぎて、先祖の名や社の神の名を忘れて、というより大昔の先祖には始めから名前のないお方が大勢あるのですが、ただ御先祖様、氏神様としてお祀りしていたのです。

その谷、谷を開いてくださった御方を感謝してお祀りしたのです。
日本中津々浦々古神道の社があったのです。

ずっと大昔から苦労して国土を開拓して下さった御恩ある有り難い尊い先祖の神々様が谷、谷にその土地その土地に大勢おられるのです。
それが日本の古神道なのです。

日本古神道は弥生時代に、オオクニヌシが生まれるよりはるかに遠い昔からあるのです。
出雲が開けるよりずっと前から拓かれていた土地の社に新しい出雲の神々が祀られている、これはおかしいことで古神道ではないのです。

これは古神道の社にオオクニヌシ等の祭神がすり替えられたのです。
オオクニヌシ等の信仰はその当時の新興宗教なのです。

先祖や御恩ある先人以外の宗教の神を祀ることは古神道から外れているのです。

伊勢の外宮の「外」は、外れる、はずれていることを意味しているのでないかと思います。
本来の古神道の宮ではない、外道である、ということを意味しているのではないかと思います。

最初は日本中が古神道であったのですが、全国の一の宮の祭神の多くが出雲神にすり替えられてしまい、ついに古神道の中心の地の飛騨の一の宮までシラギや出雲神にすり替えられてしまっています。

縄文時代の古い古神道の社に弥生時代の新しい出雲の神が実際に祀られているのです。

長い歴史のなかで途中で祭神がスリ替えられたのに、すり替えられた事の重大さ、異変さえ忘れられて、入り込んだままなのです。

古神道はすっかり出雲の宗教に滅ぼされてしまったのです。
そして今では滅ぼされたことも忘れられて…いや、何もかもすっかり忘れられて…

今日に至っているのです。
そして古神道と思いこんでいるのです。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

古神道の神は一体 大陸の神は対立

日本の古神道とは

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

古神道を貫く思想は、先祖へ先祖へと心が向き、その先は大自然です。

飛騨の大昔の人は命は水の中でニュウと生まれたと信じ、乗鞍の麓にニュウの池と名づけた池があります。

そしてニュウの池を囲んで御魂鎮めをしたのです。
古神道の発想は大自然と先祖の神と自分と一体なのです。

大陸の宗教は神が万物を創った、という天地創造説です。
天地創造説は、
創った神と創られた自分とは截然と区別され断絶して対立しています

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

日本国家は一体 外国は対立

古神道と皇室

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

日本の国作りは、必要に迫られた時に、本家と分家の組織を考えついた天才がいたのです。
本家は分家を可愛がり分家は本家を敬う、総本家の天皇は分家である国民を代表して先祖の神に祈りを捧げて国民の幸せと国家の安泰、世界の平安を祈り続けてくださっているのです。

そこには心が中心へ中心へと向かい、つづまるところは大自然に向かう中心志向性があるのです。
そこに対立はないのです。
皇室と国民、先祖、大自然は一体なのです。

ニニギの九州平定も、政略結婚と親子・兄弟の杯で仲良くまとめたのです。
唯一人の奴隷も作らず、一人の賎民も作ることなく、一方が他方を押さえることなく、親子・兄弟の契りで親戚になったのです。

なんと素晴らしいことでしょうか!

系図

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

竹の園(そのふ)に二千年

皇居とキングの城の違い

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

日本の皇居は平地に竹を植えて境にしたので竹の園(そのふ)と申し上げます。
堀も塀も見張りもありません。

奈良の都に千年、京都に千年もおられたのです。
恨(うらみ)を持つ者が襲おうと思えば一人か二人で簡単に押し込むことができる程の平地に住まわれたのです。

もし天皇が被差別部落を作ったのなら、あれほど多くの被差別部落のある奈良や京都の無防備な竹の園に無事におられるはずがありません。

竹の園におられたという事は如何に仇がいなかったかを物語る歴然たる証です。
そのはずなのです。

皇室は国民の総本家であり、皇室は飛騨王朝の昔から徳治政治の伝統で貫ぬかれていたのですから。

奈良の都は中国の長安をまねていますが、都の周囲を城壁で囲うことだけは真似する必要がなかったのです。

それに比べて日本以外の国は、強い者が弱い者を叩いて押さえさらに強い者に叩かれ叩いた者は弱い者を奴隷にして、最後に勝ち抜いた最強者がキングです。

キングと民は治める者と治められる者とが截然と対立しているのです。
キングは都市を城壁で囲み、さらに数十メートルにおよぶ高くて堅固な城壁を築きさらに四六時中見張りをつけなければ一日も安心して暮らせなかったのです。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

日本の心は中心志向性

古神道が生んだ真・善・美・勤

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

フランスを代表する言葉は自由・平等・博愛(友愛)であり、アメリカは自由、だそうです。
しかしよく考えるとこの自由・平等・博愛(友愛)が世の中の乱れを起こしているのです。

自由は我儘(わがまま)を増長しやすく、平等は恐るべき悪平等が裏に隠されています。
博愛(友愛)もその裏に冷たい心が隠されています。

民主主義の自由・平等・博愛(友愛)は真理からはほど遠く主張すればするほど世の中が乱れるのです。
では何が真理なのでしょうか。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

哲学博士である山本健造氏は、矛盾のない「新民主主義」を提唱しています

矛盾のない新民主主義

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

自由に節度を持たせ、平等から公平に、博愛(友愛)から義理・人情です。
それに義務を加えて、節由(節度ある自由)、公平、義理・人情、義務の新民主主義に進むべきです。
(山本健造著『明らかにされた神武以前』)

話はそれましたが、日本を代表する言葉はなんでしょうか。
それは中心志向性です。
言葉をかえると忠誠心です。

忠誠心は武士道の言葉のように思いますが、実は武士の時代よりずっと古い昔からあるのです。

日本の国の基礎を固めたものはその時代に生きた人々の忠誠心なのです。
日本民族の心にはこの忠誠心が尊く流れて受け継がれているのです。

中心志向性、これは月が地球をまわり、太陽を中心に水星、金星、地球、火星・・・がまわっています。

宇宙は中心志向で大調和がとれているのです。
中心志向性は宇宙の真理なのです。
真理であるから美しいのです。
忠臣蔵が愛され続けているのは、忠誠心が琴線に触れるからです。

今は忘れられて消えかけていますが中心志向性は宇宙の真理であり、言葉をかえた忠誠心、それが日本人の心の底に美しく尊く流れているのです。

日本をあらわす言葉は中心志向性です。
もうひとつあります。
それは勤です。

西洋では真・善・美に価値を見ています。
日本では勤を尊び勤を徳と讃えて勤に価値を見出しているのです。

これは本当に素晴らしいことです。
日本の価値は真・善・美・勤です。
(『明らかにされた神武以前』福来出版)

中心志向性も勤も新民主主義の節由・公平・義理人情・義務も古神道が生んだものです。
日本の心は古神道が生んだのです。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

天孫が守ったのは国体であった
八咫鏡を守った皇女

【画像クリックでこの絵を詳しく紹介した記事にリンクします】 山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

天孫の方々の中でも命が危ないのでシラギ神崇拝教や出雲教に迎合して生きのびた人も少しはありましたが、

皆が迎合して「八咫鏡=皇位の印」を出雲に取られてしまえば、天皇の位が出雲に取られて日本が、日本たる日本でなくなってしまって、今日の日本はないのです。
国体は消えています。

「八咫鏡」を守り抜いた姫様方が犠牲になりその外名もない民間の人がどれだけ多く犠牲になられたかわかりません。

我が身や子孫の命を顧みず、四ツとまで言われても守り続けられたものは「八咫鏡」に込められた日本の国柄・国体であったのです。
よくぞ守り抜いてくださいました。

差別の苦海に落とされつらく貧しくおわしましたが、天照大神と皇室に忠誠そのものの尊い人生であられました。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

歴史を明らかにして建国の功労者を顕彰し天孫の名誉回復せよ!

忘れられた肇国の恩人

天照大神の命によって建国のために骨折られた方々はかつては功労者としてその開拓された地に神と祀られておられたのです。

そしてその子孫は天孫として地位も高く裕福で、最も尊敬されていました。
ところが、出雲に起きた宗教に滅ぼされて、建国の神々は消されてしまい、今に至っています。

そして天孫の子孫は穢多・四ツと罵られ卑しまれて、殺され、いじめられて時には家、田畑を取られ、追われて、子々孫々屈辱と悲痛の人生を送られたのです。

そういう苦しい中で天照大神と皇室、古神道を守りつづけてくださったのです。

エタに落とされた方々の中には近年になってからでも自殺された人数知れず、この残念無念さはもう想像を絶し、筆舌に尽くせません。

それが二千年近く気の遠くなる程の長きにわたって続いたのです。
屈辱の中に生まれて生き悲痛の中で死んでいかれたのです。
この尊き方々の御無念をどう晴らすかです。
まず歴史を正すことです。

そして日本中の皆が正しい歴史を知ることです。
建国の功労者の方々に感謝の誠を捧げねばなりません。
そして建国の功労者の正義の尊い方々の子孫がこのようなひどい目にあわされた事について深く慰霊を捧げねばなりません。

そして自分達もこの良き日本を永遠に守り続け立派にすることを先祖の神々に誓わねばなりません。

まずは「歴史を正し、日本立て直し」に奮起することです。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

歴史が証明、天皇あれませばこそ

尊王と愛国心

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

江戸末期、徳川家は天皇だから大政奉還をしたのです。
日本に天皇がおわさねば、内乱状態になり、そうなれば諸外国が突け込んでくるところでした。

明治維新が成功したのは、天皇がおわせばこそでした。

また大東亜戦争に敗戦したときも、時の内閣はどうしていいかわからず昭和天皇に「何とかして下さい」と頼んだのです。
天皇は忍び難きを忍んで耐えがたきを耐えて、終戦の御決断をなされたのです。

「一兵も殺さず、一発の銃声もなく、降伏を終わらせた例が、世界のどこの戦史にあるか」とマッカーサ元帥は言っています。

天皇がおわすからなのです。
そしてマッカーサー元帥に「私はどうなってもよいから、国民を助けてください」と頼んでくださったのです。

二千年来、天皇を守りつづけて、皇室と共に一番身近にあられたのが天孫の方々であったのです。

長い歴史の中で日本が独立を保ってこれたのは天皇がおわせましたからこそなのです。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

皇室は日本民族の総本家

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

肇国(ちょうこく)の先祖に 感謝と誓い

肇国の先祖に感謝

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

アジア、アフリカが全部植民地になっても、唯一日本は二千年の独立を守り通し、先の大戦で破れても、半世紀も経たぬうちに世界の大国に躍り上がっていました。

我が日本は誇るべき良い国です。
この日本の元を開いてくださったのが飛騨の神々や天照大神を中心とした天ツ神々と分家の国民なのです。

天ツ神々の徳が偉大すぎて、尊すぎてその御心と全く違う外来思想に踏みにじられてきたのです。

この天ツ神に代表する御心を育んだ背景は古神道なのです。
古神道が日本の心なのです。

今こそ全国民が天皇を中心に心を一つにして肇国の先祖方に心から感謝をして、日本を守り続けてくださった先祖を讃えに讃え、

先祖から受け継いだこの美しい日本が永遠に滅びることのない、立派な国にし、さらに世界の平和に貢献する事を誓わねばなりません。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用)

まとめ

山本健造・鈴木義一・山本貴美子

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版 引用

飛騨から降りて建国に骨折られた方々は、本来、建国の天ツ神々として社にお祀りされていたお方なのです。

ところが神々は隠されて、歴史は消され、子孫の天孫はエッタに落とされて、長い年月いわれなきいじめに苦しんでこられたのです。

建国の神々や天孫の大勢の方々をお慰めすべく、鈴木義一先生を中心に「天孫宮」を建てたいと発願しました。

写真は鈴木義一先生をお訪ねしたときのもので『ねじれ古代史』に建設趣意書とともに掲載したものです。

平成十三年のことでした。
『ねじれ古代史』は修正して『暴かれた古代史』と本書にまとめてあります。

そして平成十七年、念願叶ってささやかですが天ツ神々の故郷の飛騨に天孫宮が建ちました。

鈴木先生は天孫宮を見られることなく霊界へ旅だたれましたが、彼の地で喜んでくださっていると思います。

鈴木先生は住吉大社・大阪神社庁参事、伊勢神宮禰宜等の重職を務めあげられたお方です。

神社界の重鎮が「天孫宮創建」の筆頭発起人として立ち上がってくださりさらに御写真まで入れることをお許しくださったことに心から敬意を表し感謝をもうしあげます。

(山本健造原著/山本貴美子著『暴かれた古代史 二千年の涙』福来出版 ”あとがきにかえて” から引用)