パワースポット飛騨『天孫宮』神秘現象が頻繁に起こる三つの理由

 飛騨の天孫宮

数々の神秘現象が起こっている飛騨の隠れたパワースポット『天孫宮』病気平癒を願い、遠方からお詣りにくる人の方が多いようだ

日本中にパワースポットと言われるところが多く見受けられるようになりました。
伊勢神宮高千穂三輪山御嶽山霊場恐山・・・など

しかし、日本にはまだまだ知られていない神秘現象が頻繁に起こっている隠れたパワースポットがあることを紹介したいと思います。

神秘現象(アポーツ現象)・円滑現象・病気平癒・心の平安・自己実現、特に病気がどんどん軽くなることで遠方より大勢の人がお詣りに来られています。

今回は、なぜ飛騨『天孫宮(てんそんぐう)』は、神秘現象・病気平癒などの現象を起こすことができるパワースポットなのか?
その三つの理由と山本健造氏の神通力について紹介したいと思います。

  • 理由その1 御祭神『大淡上方様』は時間的透視が出来る大神通力者で日本人の総本家、霊魂不滅を実現
  • 理由その2 五千年前に日抱御霊鎮を行い、現役で物体を移動する事ができる大神通力者『大荒城神』
  • 理由その3 五千年前に名を持たずに生きた大神通力者が、飛騨天孫宮の鳥居と共に現れた『大鳥居神』
  • 「エッタ」「エタ」「ひった」とは、飛騨の事。忘れられた天孫の神通力者と氏神様
  • 山本健造先生亡き後も起こるアポーツ現象・病気平癒・円滑現象・自動車事故で無傷などを箇条書きで紹介
  • 無念無想では、神通力はでない。無我一念が神通力波を生み感応してゆく

飛騨は良いとこ、日本の元(先祖)よ、伊勢の神さま生まれたところ
伊勢に詣(まい)らば、飛騨にも詣(まい)ろう
飛騨は日本のルーツなり。
(ooba詩集「ルーツ飛騨」から引用)

『天孫宮』は、病気を神通力で治し敬われた天孫の方々を祀っている

御祭神は大神通力者

『天孫宮』御祭神は、大神通力者である

日本人のルーツとなる系図

原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より

『天孫宮(てんそんぐう)』とは今から二千年前、飛騨から天孫降臨で降りていかれて建国に骨折られた方々が後に「ひった、エッタ、飛騨」と罵られ、落とされ、いじめられて筆舌に尽くせぬ御苦労をなされたのです。

そして、真実の歴史はかき消されて、建国の功労は隠されてしまっていたのです。
その歴史を山本健造は堀り起こしたのです。

それが著書『神武以前』『日本起源の謎を解く』『暴かれた古代史』『日本のルーツ飛騨』『裏古事記』などです。

そして「エッタ、飛騨」とおとされいじめられた多くの天孫の方々の功労を讃えお慰めするためにお祀りしたのが天孫宮です。
平成十七年に山本健造によってささやかですが創建されました。

『天孫宮』の場所は、岐阜県高山市国府町八日町712です。

誰でもお詣りはできるようですが、病気平癒など重要な問題に関しては代表の山本貴美子さんにお願いして、代表から神様に頼んでもらうことが最良です。
その理由は、『御縁』です。

忘れ去られた建国の天ツ神々様の歴史を必至になって全国調査して解き明かし、『天孫宮』を創建したのですから代表 山本貴美子さんが頼むのと、はじめての方とは『縁の深さ』がちがいますのでまずは、代表にお頼みしてご縁をつないでもらいましょう。

詳しくは、直接お問合せください⇒六次元会の「ホームページ」からどうぞ。

御祭神『大淡上方様』は時間的透視が出来る大神通力者で日本人の総本家、霊魂不滅を実現

日本の精神文化のルーツは日抱御霊鎮

「日抱御霊鎮」風景として、原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より

パワースポット飛騨『天孫宮』御祭神の大淡上方様(おおあわのうわかたさま)については、『古事記より詳しい口碑、日本の国造りから見える精神文化』をご覧ください。
ここでは、簡単に説明します。

日本人のルーツは、飛騨の淡山(あわやま=乗鞍岳)の「丹生(にゅう)の池」から生命が湧き人間まで進化したと飛騨に口碑として代々伝わっていた事を今まで紹介してきました。

原日本民族は、どこから来たのでもない、ずーっと大昔からこの淡山(あわやま=乗鞍岳)のふもとに住んでいました。

そして、いつ誰が行ったか解らないほどごくごく自然に、”命の源”丹生の池を皆で囲んで池の水に太陽を浮かべ、月を浮かべて、その輝く所をじぃ~と見つめて心を鎮める事を行ってきました。

その行事が朝夕なされ、『日抱きの御霊鎮め(ひだきのみたましずめ)』といい、それが、日抱(ひだき)、日抱(ひだ)と呼ばれ盛んに行われた。

また住んでいる近くに先祖の亡骸(なきがら)を埋めて、その傍に池を造り、皆で池を囲んで池に太陽の光、月の光を浮かべてその光をじぃ~と見つめながら心から感謝して先祖を拝み、心を鎮めました。

大淡上方様は、日抱御霊鎮(ひだきのみたましずめ)の最中、近い将来海を渡って異民族が上陸し暴れて、このまま黙っていればいずれ侵略されてしまう事を透視し国を憂いたのです。

そして、国防の為に本家と分家というシステムを作り国造りを創めた総本家の御方です。

透視でも、離れた場所にある物を見通すような空間的透視はわりとやさしいが、刻々と変化する近未来(時間的透視)は大変難しいと山本健造氏は言っています。

丹生の池を拝み、先祖を拝み心を鎮めると心は清らかとなり、一つにまとまってきます。

この状態を「祈りの精神統一」と飛騨福来心理学研究所では言っているようです。

心とは、エネルギーを伴って空間・時間に広がり、空間・時間を超越することもでき、目的(志向)を実現しようと実在している。

と、福来友吉著「観念は生物なり」・山本健造著「六次元弁証法」では、実験結果を踏まえて力説しています。

興味がある方は是非、福来出版から購入して読んでみてください。

福来友吉博士・山本健造博士の著書は『迷信打破』に徹しており、先祖が祟るとか悪霊が憑いたり離れたり、生まれ変わりなどは学問上・倫理学上・道徳上有り得ないと断言しています。

大淡上方様は、時間的透視が出来る大神通力者であり、大人格者だったと推察できます。

『天孫宮』をお詣りする人に、円滑現象が起こるのは時間的透視のできる大淡上方様の神通力が感応しているから。私の意見です

日抱きの御魂鎮めによって透視が出来ることは、福来友吉博士が「透視と念写」で証明した

月の裏面

山本健造著「六次元弁証法」福来出版より引用

上の写真は、1931年(昭和6)6月24日に手札型乾板二枚をケースにいれ、福来友吉博士宅(大阪)の2階座敷の床の間に置き、能力者の三田光一氏は兵庫の自宅(福来宅より約40㎞)において同日朝8時30分に精神統一に入って月の裏面を透視してそれを二枚の乾板に念写したものです。
(能力者の三田氏は、比喩として念写をする時の精神統一は、命が3年縮む思いであると言っています)

当時の福来友吉博士は、はたして月の裏面であるか?どうかわからなかったのです。

福来友吉博士は、単に能力者の観念に形づくられていた月の裏面の想像図が念写されたのであろうと思ったのです。

しかし、故東京大学名誉教授後藤以紀工学博士は1969年から1972年まで、アポロ宇宙船が捉えた月裏写真や当時の月球儀とのクレーターの位置の数学的方法での比較研究が行われ、米国航空宇宙局(NASA)の月面写真と念写像はほぼ一致が認められたとされた。
(詳しくは、天孫宮の向かい『福来記念館 山本資料館』へ)

福来友吉博士は、能力者三田光一氏以外に、御船千鶴子・長尾郁子・森竹鐵子による透視実験を行っています。

能力者すべて、まず精神統一に入って透視をしています。
(福来友吉著「透視と念写」「心霊と神秘世界」福来出版参照)

原日本人は、日抱きの御霊鎮めという精神文化を持ち、大神通力者と言われる人たちが大勢現れたと推測されます。

その中で最も皆から敬われ、国を案じみんなの幸せを願い自分の身内を最も危険な箇所、山の麓(ふもと)に下山させ見張らせ国造りを代々行うように言い伝えたのが大淡上方様です。

今、日本の国が独立して存続しているのは、代々上方様(後に天皇)を中心として一つに纏まって国防を怠らないからだと思っています。

是非一度、パワースポット「天孫宮」御祭神、大淡上方様の神通力を感じてほしいと思います。

「エッタ」「ひった」とは、飛騨の事。忘れられた天孫の神通力者と氏神様

エッタに落とされた天孫

逆恨みから天孫の村を攻め取る出雲のシラギ神崇拝教勢「裏古事記ねじれねじれて二千年」山本貴美子著 より引用

パワースポットと言う言葉は、2000年代に入ると、大衆向けに興味が高まり神社仏閣などを巡る聖地巡礼ブームが起きました。

日本人の先祖方は、日抱御魂鎮(ひだきのみたましずめ)を行う所には、先祖の亡骸(なきがら)を埋めて、先祖に感謝して朝夕日抱御魂鎮(祈りの精神統一)を行いました。

飛騨から大勢の人が降りて日本中に原日本人が広がって行った時、飛騨を懐かしがり同じように日抱御魂鎮(祈りの精神統一)を行ったといいます。

日抱御魂鎮が行われた場所は、土地を開拓した先祖を祀った所でもあり後に社(やしろ)となりました。

神社にパワーを感じるという事がうなずけます。

しかし、現在の社(やしろ)には本来祀られるべき土地を開いた先祖(天孫=神通力者)が祀られているかどうかは解らなくなっています。

理由は、古事記でいう出雲の国譲り事件をキッカケに大国主(おおくにぬし)の子孫が、天孫(飛騨から降りた人の子孫)を逆恨みし宗教という形でしっぺ返しし、
本来祀られるべき御祭神をすり替えてしまったからです。

さらに、天孫を「エッタ」「ひった」と言っていじめて天孫の功労である、筑紫平定大和開拓を神話化してぼかし大神通力者の存在も都合よくすり替えて宣伝し今に至るのです。

天孫は、なぜ皆から敬われたかというと、かつて飛騨は日抱きの御魂鎮めの中心地でした。
飛騨から降りた人々は精神統一がよくでき病気を治す力を持っており、多くの病む人々を助けたのです。

それで、天孫と感謝され敬われていたのです。

本当の日本起源の史実は、飛騨に口碑として伝えられており口碑を託された山本健造氏は透視が出来る神通力者でした。

神通力で病気を治してきた山本健造氏は、やはり大勢の人から敬われた人と聞いています。

ちなみに、
山本健造氏による病気治療の方法は、透視で深層心理を分析し潜在意識を心理学的暗示によって整理し、本来の生命活動が活発になるように神通力を送り込むという方法で多くの人が救われました。

山本健造氏は、この治療方法を「六次元セラピー」として体系化し弟子に指導し「六次元セラピスト」を与えています。

筑波大学教授(精神病理学)小田 晋博士は、病気を治すと言われる宗教・各団体を調査し精神医学的に診て治るという本人の自己暗示であるか本当に治療効果があるかを調べた人です。
小田晋博士が唯一認めた治療方法は、山本健造氏の治療方法でした。

小田晋著 1986「人は、なぜ神様にシビレるのか?」はまの出版
p248から引用します。

『飛騨高山の山本健造は、超心理学を加味したカウンセリング治療を行っている。

簡易精神分析のような方法や心理療法を用いたりしながら、けっこう多くの人たちの病気を治したりしているのである。
・・省略・・患者の中に悪霊がどうのとか祟りがどうした・・・などと言う人がいると、そんな事を心配することはないというふうに答えていた。・・・・』

日本の精神文化は、日抱御魂鎮であり絶えることなく飛騨に受け継がれています。

古代は、池に映った太陽の光をじぃ~と見つめましたが、山本健造氏はろうそくの炎をじぃ~と見つめ心を鎮めました。

弟子や会員には、炎をじぃ~と見つめさせ心が鎮まると本来自分の命の中にある生命エネルギー(神通力)がどんどん出て、病気平癒・健康増進・人格円満・諸問題の円満解決するように力を誘発していました。

現在は、飛騨福来心理学研究所 理事長 山本貴美子氏が月に一度セミナーで霊能誘発を行っています。

くわしくは、六次元会のホームページを参照。

5千年前に日抱御魂鎮を行い、現役で物体を移動する事ができる大神通力者『大荒城神』

五千年前の大神通力者

5千年前に友人5人とその家族で荒城へ降りてきた大神通力者。肉体はないが、生きていたころのくせで暑いから枯草をかぶせてと山本に頼まれた。山本貴美子著「一度の人生いかに生きる」引用

パワースポット『天孫宮』に祀られている5千年前の大荒城神(おおあらきのかみ)が祀られた経緯を山本貴美子著「一度の人生いかに生きる」から抜粋いたします。

飛騨(岐阜県)はかつて縄文文化が栄えました。
その遺跡がたくさん残っています。十余年前のある日のことです。

山本健造の弟子が遺跡発掘調査の事務所に用事で行ったところ、事務所の職員が、発掘されたものを指さして「これは荒城神社(あらきじんじゃ=研究所より二キロ川上)のすぐ裏の道路から工事をしていたところ掘り出されたものです。

私(職員)は御神体であるとおもいます。
しかし、現在の研究は人間が手を加えたもの以外は研究の対象にしていません。

これは御神体にちがいないと思いますが自然石のため研究からはずされています。

もし山本先生がよければさしあげます」ということで、いただいてきて庭の一角にお祀りしていました。

それから数年後、天孫宮を造ったときのことです。

筆者の家は天孫宮の敷地内にあり、居間の戸を開けると天孫宮を右手に拝する位置にあります。

山本健造がもう九〇歳も過ぎたある日のことです。
いつものように山本健造は居間の長椅子に腰をおろしておりました。

そして筆者に「貴美子 あそこに藁(わら)のようなものを着た人がいるがどなたや」というのです。

いわれた方を見ましたが誰もいないので、「誰もいませんよ」
「貴美子、よく見よ、さっきからあそこを行ったり来たりしておいでるぞ」
そこで私(筆者)は「あっ 神さまにちがいない」と気がついたのです。

そして山本は深い精神統一・お祈りに入りました。
大荒城神(おおあらきのかみ)が出られました。
藁(わら)のようなものを着た人は大荒城神でした。

そして「荒城谷の奥に住んでいたが五千年前に降りてきた。
友人5人に声をかけると一緒に連れて行ってくれというので、自分の家族と5人の家族でこの荒城へ降りてきた。

向かって左側の所に、社の裏の道路の下から掘り出された石と、家来五人の石をそばに置いてもらえば心が落ち着く」といわれたのです。

そして数日後、大荒城神が荒城谷から降りてこられた、という言い伝えがある荒城谷の奥へ、家からは車で15分か20分ほど走ったところへ山本を伴って行ってみました。

しかし今となってはなにも残っていないので、この辺かなあ、と見て格好の良い石を五個拾って帰ってきました。

そして、一対の立石の周りに5個の石を配してお祀りしています。
それから、数日たった平成17年10月12日の早朝のことです。

筆者が台所にいると「貴美子」と山本が呼んだので、(私は山本が呼んだと思った)「は~い」と寝室へ行くと、山本はいないのです。

そして、介護士が楽に通れるように開けてあったベッドとベッドの間が移動してくっついているのです。

筆者はつい先ほどまで離れたままのベッドで寝ていたのです。
そして起きて台所で朝食の準備をしていたのです。
「貴美子」と呼ばれたから来たのです。

あれ~と思い、「お父さ~ん」と呼ぶと「お~い」とトイレの方から返事がするのですぐにいって、「お父さん、離れていたベッドを動かしましたか?」と尋ねると「俺は自分が立っているのがやっとで、歩くのがやっとで、ベッドを動かすようなことはできない、俺ではないぞ」というのです。

その頃、山本は死の2年ほど前のことで、てすりなどにつかまって歩くのがやっとで、やっと生きていたのです。

「そらそうやな、お父さんがベッドを動かせるはずはないなあ」ということで、そして朝食を済ませました。

しかし、現に山本も私も知らない間に70センチほど離してあったベッドがひっついているのです。

山本と私の二人暮らしなのです。いったい誰がベッドを動かしたのでしょうか。
朝食後しばらく休んでから山本健造は深い精神統一・お祈りに入りました。
大荒城神がでられて次のようなお話があったのです。

ほあかり命申す。ほあかりとはこれから世の中が拓けていく、という意味でな、一緒におりた友たちが呼んでくれた名前でな・・・

お前達が寝ている台は五人でいっぺんにぐいと動かした。
山本は寝たまま動いたはずやが何にも知らずにグーグーと眠っていた。

そして俺がそばにいて「よし」といった。
そして山本が便所へいった留守に「貴美子こいよ」と呼びかけたわけや。

一人や二人では動かないけれど5人なら ひょい と動くんや・・・
俺たちは御魂鎮めをやったのじゃ・・・
そして山本が便所へいった留守に貴美子を呼んだのじゃ・・・」
さらに後日談があるのです。

翌年の夏の暑い日のことでした。
山本健造が精神統一・お祈りに入ると大荒城神が、「我々は体がないから暑いはずはないのだが、生きているころのくせで暑い、枯れ草をかぶせてくれ」と頼まれました。

私(筆者)は「はい」と答えて、さっそく藁(わら)をかぶせました。

するとまた山本健造が精神統一・お祈りにはいると、大荒城神が、「貴美子よ 枯草をかぶせてくれと頼んだので、藁(わら)ではないぞ」といわれ、さらに、「今はこれでいいけれど、枯草をかぶせてもらうと心がしっくりする」といわれました。

それからは土を盛って石をのせている土の上に枯草をかぶせるようにしています。
(山本貴美子著「一度の人生いかに生きる」福来出版 抜粋)

ここで信じる信じないを論する事は致しません。
山本健造氏は、老翁より代々飛騨に伝わる口碑を託されました。

飛騨の口碑を裏付ける5000年前の神通力者です

大淡上方様は今からおおよそ2500年前頃、旗鉾(はたほこ)の奥の方から出られました。

15代目淡上方様の御遺言に、

『日抱御魂鎮めによって、総本家の上方を後に皇統命(すめらみこと)を縦の軸にして仲良くまとまってきた証として、苗字のない皇統命(すめらみこと)のお血筋を、やはり飛騨で生まれて、大淡上方様以前の先祖様方はどこが本家か分家か分からぬが、みな飛騨で生まれて、日本中に広がっていった者の子孫で、皆同じお血筋であるのだから、尊いまとめ役を受け継ぎまた子孫に受け継がせ、尊く仲良くまとまってきた証の皇統命(すめらみこと=天皇)のお血筋を守ってもらいたい。
この上方家の尊い歴史を決して忘れることなく、世の中が大きく変わって来るまでに日本中の皆に知らせよ。
御先祖の方々からのおねがいじゃ

と口碑として残されています。
(山本健造著「明らかにされた神武以前」福来出版P115~P117引用)

是非一度、総本家をお祀りしている『天孫宮』へお詣りして頂きたいと願っております。

5千年前に名を持たずに生きた大神通力者が、飛騨天孫宮の鳥居と共に現れた『大鳥居神』

五千年前の大神通力者

5000年前、日抱御魂鎮を行っていた『大鳥居神』。神通力で扉を開けることができる現役の大神通力者である。5000年前は名前を持たなかったと語る。

パワースポット『天孫宮』の由縁は、今尚実在している大神通力者『大鳥居神(おおとりいのかみ』の存在です。

『天孫宮』に『大鳥居神』がお祀りされた経緯を山本貴美子著「一度の人生いかに生きる」から紹介します。

河合村役場で山本健造の教え子の中畑氏が助役をしていました。

平成15年ころのある日、電話がはいりました。
「山本先生~中畑で~す。お宮さん いらんかな」
「お~ いるぞ 頼むぞ」

ということで、河合村の役場の近くのお宮さんをいただくことになり、鳥居(とりい)や石灯篭(いしどうろう)など一切をいただいてきました。

そのお宮や鳥居はかつて河合村の山奥にあったのですが、ダムができて過疎になり、役場の近くに移してあったのです。

その宮や鳥居を将来、天孫宮を創る予定をしているのでいただいてきたのです。
そして本殿はそのまま天孫宮の本殿になっています。

平成17年の秋のことです。山本は敷地もせまく鳥居を立てて万一、家に倒れてくることがあると大変なので、鳥居を立てることを躊躇(ちゅうちょ)しておりました。

ある日、天孫宮の庭まわりを頼んでいる庭師の岸田氏が「山本先生、ここに横たえている鳥居をどうされるのですか?」

「倒れてくると家がつぶれるでなあ・・・」
「鳥居をこのまま横たえたまま放っておくとみっともないし、他人に笑われますよ。俺が絶対に倒れないように立てるで、俺に任せてくれませんか」

「そうか~ 大丈夫かなあ~」
「大丈夫です」
「そうか では立てるか」ということで敷地に横たえてあった鳥居が、岸田氏の手によって立つことに決まったのです。

そして、思い立って河合村役場にくる以前の山奥の、神様のほんとうの故郷を山本の弟子数人とさがしに行って、

そこにある御神体によい、かっこういい石を拾って帰り、昔住んでおられた懐かしい故里の地から拾ってきた石を御神体にして鳥居の神々をお祀りしたのです。

そしてそんなある日の朝のことです。
朝、起きて居間にくると明るいのです。
雨戸が開いているのです。

筆者は「あれ~もうろくはお父さんだと思ったけれど、昨夕、雨戸を閉じることを忘れたのかなぁ・・・」と思いました。

しばらくして山本(健造)も起きて居間にきました。
「お父さん 今朝、居間にくると雨戸が開いていました。
私(筆者)ももうろくしたかなあ・・・昨夜、閉じること忘れたのかなあ~」

というと「貴美子 お前のもうろくではないぞ、ま ちょっとまっておれよ」と、そのときはそれですみました。

そしてその日の夕方のことです。
筆者は今夜は忘れないように、とまだ外が明るいうちに早く雨戸を閉めようとしました。

すると山本(健造)が「貴美子 もうしばらく開けたままにしておけよ」というので「はい」と閉めずにいました。

しばらくして電気をつけました。
また山本(健造)が「貴美子 電気をつけずにこのままにしておけよ」
「はい」とつけませんでした。

しばらくして外が暗くなってきました。
居間の中も暗いのです。
すると外から街灯の光が居間に差し込んできて居間が明るくなりました。

「貴美子 どうやらお前のもうろくではないぞ、夜おそく居間を出る時に雨戸を開いたままで電気を消せばこんなに明るいではないか、こんなに明るければ雨戸を閉めていないことに気がつかないはずはないで、お前のもうろくではないぞ」
といいました。

そして山本(健造)は精神統一に入りました。
雨戸を開けたのは鳥居をいただいてきた大昔の神であることがわかりました。

「山本がたとえ大風がふいても倒れない所に鳥居を立ててくれることを承知してくれたのでほんとうにありがたく思う」

「雨戸は神さまですか?」と筆者がお尋ねすると
「そうよ そうよ」

「お名前は何とおっしゃるのですか」
「ほんとうは名前がないのよ・・・五千年経っているやろなあ・・・」

「日抱きの御魂鎮めをなさったのですか」
「おおやったぞ」
「雨戸を開ける神通力は凄いですね」
「そんなことはやろうと思えばできるんやぞこの奥(筆者の住んでいる奥)の岸田(山本に鳥居を立てるよう勧めた庭師)は俺の気に入りでなあ・・・

この間拾って持ち帰り、このお宮さんの所に祀ってくれた所を棲家(すみか)にしておるでな」

「今、大きい仕事をしようとしていますのでお願いします」(筆者)
「俺たちも応援してやろうと思っておるがな、他の石を並べてもらって、祀ってもらわさった他の神様たちも、どえらい力をもっておいでになるので応援してくださるとおもうがな・・・・・・ではあばよ」

(山本貴美子著「一度の人生いかに生きる」福来出版 引用)

天孫宮にお詣りされるときは、是非鳥居を見て天孫宮にお祀りされた経緯を思いだして頂きたいと思います。

実際に起きた神秘現象の数々、最も驚く人は体験した本人、神通力を見せつけられたから!

会員のなかには、神秘体験者が大勢います。が、
ここでは著書に載っているものを紹介してみましょう。

ちなみに、私たちが10㎏を持ち上げるときには10㎏持ち上げる為のエネルギーを必要とするように神秘現象を起こすにはその神秘現象を起こすだけの生命エネルギーが必要だそうです。

私たちは肉体があるので10㎏は持ち上げられますが肉体が無い御祭神様は、「貴美子の生命エネルギーを使った」と山本健造先生が生前、精神統一中の感得で解ったと言います。

(山本貴美子著/山本健造監修「科学革命 意識の本体」福来出版より)

それでは、ごく簡単な説明となりますが紹介していきます。
詳しく知りたい方は、是非本をご購入してください。


植物状態から奇跡的な回復

パワースポットの驚異

念写原理応用療法シリーズ 第5巻「六次元セラピー 祈り」から引用

荻山氏(山本健造先生の直弟子)の兄は、平成22年4月5日に意識を失い倒れすぐ救命員によりAEDを行う。

しかし、意識は戻らず病院で検査を受けると「低酸素脳障害」で脳細胞が死滅しかろうじて脳幹が活動している状態。

荻山氏は兄の脳細胞が活発となり回復するよう、自ら一心不乱に精神統一をしながら「天孫宮」にお祈りをすると8月5日脳波に活動が見られ10月18日退院される。

荻山氏は、退院後も祈りの精神統一を継続した結果、兄は感情が出てきて声が聞こえるまでに回復する。

上の報告書を見ると解るように、脳死状態から奇跡の回復を遂げた。

荻山氏が「祈りの精神統一」をした4月にノコギリ(全長1メートル程)が消えて、兄が退院する10月にノコギリが出てくるというアポーツ現象が起きています。

このアポーツ現象の意味するところは、荻山氏の兄に対する真心を感じて天孫宮の御祭神が、アポーツを起こし神通力でまもったぞ!というメッセージだと著者は言っています。

ノコギリがアポーツ現象

1メートルほどのノコギリをアポーツさせる神通力で、荻山氏を応援した「天孫宮」天ツ神々様


円座の空化飛行と鍵のアポーツが同時に起こる

神通力を魅せる

山本健造著「精神統一の妙境」福来出版より引用

「天孫宮」を創建する以前から、山本健造先生(飛騨福来心理学研究所)の弟子や会員に、アポーツ現象が頻繁に起こっています。

森氏は、昭和59年12月7・8・9日の三日間、飛騨福来心理学研究所主催「霊能誘発セミナー」に、愛用中の精神統一用円座を持参し参加されました。

7日晩に2回使い8日朝六時の精神統一直前に、愛用(白布に森と書いてある)の円座が無い事に気付きました。

8日の午前と9日の午後と2回にわたって中嶋氏と二人で研究所内を隈なく探したが見つからず、森氏は自宅に帰ったのです。

自宅に帰った森氏が2階に上がるとネーム入りの円座が椅子の上にあったのです(上の写真)
午後7時35分でした。

奥さんが、昼食後2階に上がった時は無かったと証言しています。
森氏が驚いて、研究所に報告したとき、研究所では中嶋氏の自動車のカギが無くなり探していたところでした。

森氏の報告と同時に中嶋氏のカギが「見つかりました」と報告が同時だったのです。

森氏の報告と同時に見つかった中嶋氏の車のカギ

自動車のカギがアポーツ現象

山本健造著「精神統一の妙境」福来出版より引用

9日午後7時20分ごろ中嶋氏が、車のカギを無くしたと言って探していました。
小田さん母娘も一緒に探しましたが見つかりませんでした。

午後7時35分、無意識に小田さん(母)がコタツ敷を持ち上げると「ありました。カギが」と叫んでいたと言います。

コタツ敷の下には、ある筈がないのです。
なぜなら、布団店がコタツ敷を一式取り替えて持っていきました。

その時はみんなでカギがない事を確認しています。
コタツ敷を取り替えたあと、中嶋氏はその部屋には行っていないのです。

アポーツ現象が起こる時は、そこにない事を当事者に確認させてから、ポンと現れるパターンが多い。

当時の研究所では、「これでも信じられないか」と言わんばかりにアポーツ現象が頻繁に起きた時期です。


山本健造先生のアポーツ現象の話はとても信じられないと言ったら、私に!

天孫宮の力

山本健造著「精神統一の妙境」福来出版より引用

昭和60年7月5~7日の霊能誘発セミナーに富波さんは、お気に入りのネックレスを身に付け参加されました。

富波さんは、受講中に山本健造先生が話された「円座が空化して飛騨から愛知県の森宅に飛んで行き、森氏が帰宅する前に、書斎の椅子の上にチャンと待っていた」と言う話がどうしても信じられないと一緒に参加された角さんと藤さんとで夜、口論したのです。

そして7日の最終日、山本健造先生の講義中、富波さんが首に手をやってゴソゴソしている様子を後ろの角さんが見ていました。

決してネックレスを、首から外していないことを霊界が確認させたものと推測。
講義が終わり、角さんに頼んでネックレスを外してもらい、二人でよく見たら8の字に結ばれていた(写真右)ので二人で腰を抜かさんばかりに驚いたと言います。

写真左は、講義が始まるまでの状態で角さんが確認済み。
この現象も、「霊界からの神通力の存在をこれでも信じられぬか」と言わんばかりの現象です。

ここでいう霊界とは、すでに肉体は無くなっても、神通力を具えた飛騨(天孫)の御先祖様方の事です。


「これでも、神通力の存在を信じぬかぁー!」と、とっくりを傾けて見せた

パワースポットの由縁

お正月、コタツの上に置いてあった「とっくり」が斜めに傾いたままの現象が起きた、なぜ?

平成3年1月3日会員に起きた神秘現象。

ちょうど山本健造先生が飛騨の口碑が正しいか?古事記が正しいか?全国を調査していた頃、頻繁に起きた神秘現象の一つ。

お正月の朝食準備中コタツの上に置いてあった「とっくり」が、ふと観ると「とっくり」が斜めに傾いたままじぃ~っとしていた。

この現象にしばらく目を奪われてしまう。
驚きながらも直ぐに写真に撮り後日、山本健造先生に報告すると山本先生は精神統一に入って調べる。

天孫の大神通力者が言うには、「今までも会員達に日抱御魂鎮を行い得た神通力を信じられるよう見せてきたが、この人は頭が工学系でとても神通力などということを信じ切れないでいた。

だから、神通力の世界があると言うことを、本人が一番信じられる現象を起こし見せた」と言うのです。

日抱御魂鎮(ひだきのみたましずめ)を行っていた天孫の神通力は今尚、恐るべし!

山本健造先生亡き後も起こるアポーツ現象・病気平癒・円滑現象・自動車事故で無傷などを箇条書きで紹介

精神統一中の山本健造

山本健造先生

山本貴美子著「釈迦いませば」福来出版から、会員の方に起こった神秘現象体験談のごく一部を紹介します。(文章は簡略化しています。)
詳しく読みたい方は、是非本をご購入してください。

  1.  大事故にも関わらず、怪我なし円満解決。その後、アポーツ現象
    平成23年9月初旬、車のオイル漏れ修理のためディーラーへ行くと修理代が想定外に高い見積もりであったため、イライラした気持ちでディーラーを車で飛び出した瞬間に他車が突っ込んでまた他車と衝突、2台を巻き込む大事故となったが、3人ともかすり傷。
    その場で円満に話が纏まって「やれやれ」と思ったが、あとで慰謝料を請求されるのではないかと不安がどんどん増した。
    一人、悶々と悩んでいた9月15日、入浴中に「カラーン」と音がしたので音の方を見ると、ミニトマトなどを栽培するときに使用する緑色の支柱棒が密封された浴室に突然と現れ(アポーツ現象)たのでびっくりした。

    アポーツが起きた支柱棒

    密封された浴室、入浴ち中突然カラ~ンと音がしたと思ったら写真の支柱棒が落ちていた

    アポーツ現象の意味「事故の時、怪我がないようにみんなを護ったぞ!心配するな」と言うメッセージ。

  2. 苦しむはずの胆管がんが苦しまず、医者もびっくり
    平成25年10月中旬、特別養護老人ホーム入所中の母親が、黄疸となり病院で診断していただくと、あと一週間、長くて一ヶ月と言われた。
    ちょうど農繁期でどこも忙しい時期であるため、六次元会代表の 山本貴美子女史にお頼みして、天孫宮へ「延命は望まないが、痛まず、苦しまず、眠るがごとくちょうど良い日にお迎えがきますように」とお願いして頂いた。
    末期の胆管がんで医者は、「苦しむから」と家族に伝えていたが全く苦しむ事無く、一週間経ち、一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、医者が「おかしいな?」と言っていた。
    農繁期が終わり、一段落した翌年の3月上旬、お願いした通りに「痛まず、苦しまず、眠るがごとくちょうど良い日」にお迎えが来ました。
  3. 遠く離れて暮らす娘の心がスーッと落ち着いた
    平成25年4月26日夜、東京で暮らす娘から「人間関係で心が落ち着かず、感情が抑えられない」との連絡を受けた母親。
    夜の9時頃、母親は部屋で天孫宮の方向に姿勢を正し、祈りの精神統一を40分ほど実施した。
    5月の連休、娘が帰って来たとき「あの時、心は落ち着いたか?」と尋ねると娘は「不思議にスーッと心が落ち着いた」と話す。
    娘の言葉を聞いて、天孫宮にお礼のお詣りをしました。
    (お礼は大事なことです。天孫宮の神様もお礼を言われるとうれしいはずです。)
  4. グッタリの孫元気になる
    平成25年3月27日朝九時ごろ、近くに住む娘から「娘(1歳5ヶ月)が39度の熱で3日間さがらずグッタリしている」との電話があった。
    医者に診てもらってはいるが、なかなか熱が下がらない様子。
    電話で「9時30分から、天孫宮(山本健造先生)に頼んで精神統一をするからね」と言って電話を切る。
    元気になるよう天孫宮にお願いし、自分でも一心不乱に精神統一を行いまいした。
    突然、目のまえにパッと紫色の光が迫ってきました。
    「山本先生に伝わったんやな~」と思ったと言います。
    11時過ぎ炊き立てのご飯を持って娘の所に行くと娘(1歳5ヶ月)が元気に飛び回っていた。
    山本健造先生がいるも言うセリフで、「とにかく腰をぬかさんことヤ!、諦めないことヤ!」を思いだして精神統一を行ったと言います。
    (この人は、山本先生の直弟子で精神統一がかなり進んでいる人であるから光が見えた)
  5. 自分で信じられない、営業で全国3位、1年後に全国1位!
    営業の仕事で、青森県に転勤。
    新商品の売り込みであるが、高額であり社内でも青森は売り上げを伸ばせないとの評判の地。
    忙しさに精神統一は、なかなかできないが、「天孫宮の神々様、山本健造先生、努力の成果が現れますように」とお祈りは行っていた。
    半年後、売上成績は東北で1位、全国で3位であると上司より言われる。
    霊能誘発セミナー時、代表 山本貴美子女史に報告すると、「来年は、全国1位をめざしたらどうですか」と言われ「はい」と返事する。
    結果、おかげさまで全国1位となった。
    飛騨で行われる霊能誘発セミナーに、青森から毎月欠かさず車で参加される熱心な人である。

無念無想では、神通力はでない。無我一念が神通力波を生み感応してゆく

福来友吉博士が発見した「透視と念写」の原理が、念じると治る原理(神通力の原理)であると山本健造先生は、考えたのです。

小学4年生まで虚弱で劣等児だった山本健造先生は、精神統一によって身体強健・頭脳明晰・人格円満・技能優秀と念じた通りに自己改造した人です。

山本健造先生の精神統一がだんだん深くなり妙境まで達した証として、百発百中の透視ができました。

下の写真は、山本健造先生の透視時の脳波と、「治れ」と神通力を病人に送ったときの病人の脳波です。

山本健造先生の脳波と病人の脳波が同調(感応ともいいます)していることがわかります。

山本健造先生の脳波

山本健造著「精神統一の妙境」福来出版より引用


山本健造先生と山本貴美子先生が透視を行ったり、神通力で病人を治す時の脳波は、現在知られている脳波とは別の物とわかります。

下の写真は、脳波の段階表です。
無念無想では神通力波がでない

神通力波はベータ波の奥にあることがわかります。

神通力波はアルファー波と違う

山本健造著「精神統一の妙境」福来出版より引用


霊能誘発は精神統一が深く妙境まで達した人から受けると、受けた側の脳波も同調(感応)する事が解ります。

重い病人を抱えている人は、家族が霊能誘発を受けて、家族が病気平癒を精神統一で念じながら、天孫宮にお詣りすることが近道です。

荻山さんは兄の回復を1年余り念じました。
山本先生は、いつも「とにかく腰をぬかさんことヤ!、諦めないことヤ!」と話していらしゃいました。

透視時の脳波

山本健造監修/山本貴美子著「心理学の大革命 霊能誘発」福来出版より引用

結論-『天孫宮』には、確実に神通力を具えた天孫の神々様が実在している

現在の心理学、医学、脳科学、精神医学などは、亡くなって脳細胞が灰になれば意識(心)は存在しないという観方です。

この観方にメスを入れたのが、福来友吉博士の実験「透視と念写」です。

山本健造先生は、福来友吉博士の研究を引き継ぎ「六次元弁証法」として理論をまとめました。

私なりに一部分を要約すると

  • 脳細胞が灰になっても意識(心)は実在する。
    特に、国を護って行くぞという大きな目標を持った天孫の神々様の意識は霊魂不滅となる。
  • 肉体が無くなっても生前の記憶・感情を持ち、神通力を具えたまま。
  • このことを証明しているのが、『透視と念写』であり『天孫宮』の御祭神様方が起こす神秘現象(アポーツ現象)です。
  • 天孫の神々様は、子孫が幸せになるよう「無我一念」の境地で見護っていらしゃる。
  • 大神通力者にお願いするときは、まず自らが天孫宮においでになり山本貴美子女史にお頼みして『縁』を繋いで頂くことが道理である。
    大神通力者と言えども、エネルギーには限りがあり万能ではないのだから、縁を結ぶことが先決です。
  • 神通力まかせにせず、精神統一が出来る人は、一心不乱に自らおこない、できない人は、祈りをおこないましょう。
  • 苦悩の末、死んで楽になると思い自殺しても、記憶は残るので苦悩はあの世で続く。「いかに生きる」かが大事である。
  • 普通の人は、「死んだらお墓に行く」と思って(念じて)いるので死んだショックでお墓へ行って眠った状態となる。

誤解のないよう繰り返しますが、御先祖様方の祟りや悪霊が憑くとか、生まれ変わるなどはありません。

祟るとか、憑くとか、子孫のために国を護り土地を開きみんなの幸せを願う大和民族の御先祖様に申し訳のないことです。
神通力を具えていない普通の人は、祟る力もありませんから。

今後、あらゆる学問の学者たちが、日本古代正史(飛騨の口碑)と福来友吉博士の『透視と念写』、山本健造先生の『六次元弁証法』を認め研究する事を願っております。

世界に誇る日本の精神文化のルーツは日抱御霊鎮(ひだきのみたましずめ)であり、本家と分家という世界に無いシステムから上方様(うわかたさま=後に天皇)を中心としてみんなが一つに纏まり国防を怠らなかったから今があることを忘れてはならないと思います。