古事記神話より正確に日本人のルーツが口碑として飛騨に伝わる

日本のルーツとなる口碑を託される

原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より

日本人のルーツや日本の起源について知りたいと思ったきっかけは、慶応義塾大学講師 竹田 常泰著(2013)「古事記完全講義」学研 523pp にこんな事が書かれていたからである。

「十二、十三才くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」
これは、20世紀を代表する歴史学者であるアーノルド・J・トインビー(1889―1975)の言葉である。

このブログは、日本人のルーツや日本の起源を知りたいと思った人、
しかし『古事記』『日本書紀』は神話化・おとぎ話化されている部分が多く良く分からない、本当の日本のルーツや日本の起源を知りたい、納得のいく史実を知りたい、そういう人に見て頂きたいと思い作りました。

ブログ作成の資料は、原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版です。

昭和10年に語部翁(かたりべおきな)から山本健造氏に口碑を「いつか良い時代がきたら発表してくれよ」と託されました。
「託された口碑」から日本人のルーツや日本の起源が解るので『原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版』の内容を紹介したいと思います。
最初は、下記内容について紹介します。

  • 日本のルーツをどうして山本健造氏に託されたのか?
  • 淡山(あわやま)の丹生(にゅう)の池から「ニュウ」と生命が湧いた

日本のルーツをどうして山本健造氏に託されたのか?

日本人のルーツが解る口碑をどうして山本健造氏に託されたのかをまず知りたい。

山本健造氏は、16歳の時に父親が腰痛で苦しんでいるにも関わらず12キロ離れたところへ生石灰(せいせっかい)を買うため荷車をひかなければならないことを思うといても立ってもいられなくなり、一心不乱に「父の腰痛治れ」と念じたのです。
(福来出版「山本健造前篇」より)

帰って来た父親が「今日は腰が全然痛まなかった」と言って念じる(精神統一)と病が治ることを体験しました。

この体験を神秘と片付けないで、学問的に解明しようと研究をつづけ18歳の時、六次元弁証法(ろくじげんべんしょうほう)の萌芽を得て生涯研究しました。

山本健造氏(23歳)は、教員検定試験に合格し旗鉾分教場(はたほこぶんきょうじょう)へ初めて赴任したときの事です。

教え子の母親が苦しんで七転八倒し医者へいく車を待っていました。
山本健造氏は、病人の傍らに座り一指ふれず瞑目(精神統一)すること30分位、すると激痛がピタリととまり歩いて帰っていったという事件が起きました。

この事件は、山奥の大評判となりその話は口碑を代々受け継ぐ語部翁(かたりべおきな)にも聞こえたのです。

語部翁(かたりべおきな)、山本を訪ね口碑を託す

語部翁は、分教場の世話係をされており山本に「病気をどうやって治すのか」を訪ねたのです。

山本健造氏は、父親の腰痛を念じて治したこと、神秘と言われるものは原理が解らないから神秘で原理が解れば神秘ではないとの持論から哲学・心理学・超心理学等々から研究し「六次元弁証法」を悟り今まで多くの方々を念じて(精神統一)治してきた体験をつたえたのです。

それを聞いた語部翁は、
「お前のような神通力(念じる力)というものが本当にあるとわかっているものなら、大昔から我が家に伝わっている皇室や日本の極秘の事が理解できると思う。

今こんなことを世間に漏らしたら流言飛語、不敬罪で監獄行きじゃ。
お前を見込んでしっかり伝えておく。
お前の生きているうちに良い時期が必ず来ると思うからその時、世の中に伝えてくれよ
」と切々と頼んだのです。

(原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より)

淡山(あわやま)の丹生(にゅう)の池から、「ニュウ」と生命が湧いた

丹生川の池から生命が湧いた

飛騨の大昔の先祖は丹生の池を囲み、水面に映る太陽月の光を見つめて日抱御霊鎮(精神統一)を行った。

淡山とは、現在の乗鞍岳(のりくらだけ)のことである。
日本人のルーツをみんなで共有し、日本人として誇りに思えたらと思います。
語部翁が語った最初の事を『日本のルーツ飛騨』から抜粋しました。

口碑を”結月ゆかりさん”の音声で聞けます。
親子で聞いてみましょう。

むかし、昔、大昔、この大八島(日本列島)の国が未だない時、海の中からポッカリ顔出したのが淡山であった。

その淡山にある池を丹生池(にゅうのいけ)というが、その丹生池で”生命”がわいたのじゃ。

”ア” とは天、”ワ” とは地、天と地の山の池で”生命”がわき、思い思いに進化をとげて陸地にもだんだん現れてそして人間が現れてきたんじゃ。

先祖代々、わしらはどこから来たのでもない、ずーっと大昔からこの淡山の麓に住でいるんじゃ。

丹生(にゅう)とは、何もない所から、ニュウと生命が出てきた様子をあらわした言葉じゃ。
遠い遠い遥かに遠い御先祖さまからずーっと、淡山を拝み”生命”の源の丹生池を皆で囲んで 池の水に太陽を浮かべ月を浮かべて、その輝くところをジィーと見つめて 心を鎮めたのじゃ。

長い長い時間がながれる間に、元気のよい若い人たちは、思い思いの所へ行って暮らした。
淡山の向こうは長野、新潟に近く、友達づれでドンドン遠い所へ行った。

昔は、蒸し暑かったため、西の方へ行くより、長野、新潟、東北の方へ行く事が多かったんじゃ。

たまに子や孫が飛騨へ帰ってきたり、行った切り どこへいってしまったのか帰ってこなかったり、いろいろであった。

丹生川の奥は今でいう飛騨の玄関のようなところであった。
大昔は淡山の近くに住んでいたが、時代が流れると飛騨中に人が住むようになった。

(原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より)

日抱御魂鎮(ひだきのみたましずめ)

日本の精神文化のルーツは日抱御霊鎮

原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より

遠い遠い大昔、我々の先祖は、淡山を拝んだ。

そして、いつから始まったかわからぬ程の大昔から、時には淡山の丹生池を囲み、また住んでいる近くに先祖の亡骸(なきがら)を埋めて、その傍に池を造り、

皆で池を囲んで、池に太陽の光、月の光を浮かべてその光をジィーと見つめながら心から感謝して先祖を拝み、心を鎮めた。

その行事が朝夕なされ、日抱御魂鎮(ひだきのみたましずめ)といい、それが日抱(ひだき)、日抱(ひだ)とよばれさかんに行われたのじゃ。

飛騨を出て行った人々は、自分の故郷を、日抱(ひだき)をするところ、日抱(ひだ)といい後にひだ(飛騨)という地名になったのじゃ。

日抱御魂鎮は飛騨のあちこちで行われた。
大昔から長い長い間、最もさかんに行われたのが今の丹生川村で今ではその地が神社になり日抱宮(ひだきのみや)が十九社残っているようじゃが、三十以上はあったはずじゃ。

岐阜県大野郡丹生川村があり日抱宮白井神社が現在でもある。

この飛騨の地では大昔このかた、日抱御魂鎮がさかんに行われたのじゃ。
わしが五才か六才の頃、父親に連れられて山の奥へ行き、大人達が池を囲んでジィーと静かに座っていた事を覚えておるが、
それ以来、途絶えてしまったなぁ・・・・・・。

(原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より)

西洋の宗教と日本の宗教(古神道)の違い

日本の古神道とは

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版から引用

さて太古を考えてみると、ただ衣食住にあくせくするだけでなく、余裕の時間があれば深く考え、積極的に明朗に行動し、目に見えない形より以上の世界を崇拝して、時間をさかのぼって先祖を拝み、先祖や大地を生み出した大自然を物に即して直観して、山や海や風の中に、火の中に生命を感得して、その生命を礼拝します。

それでもユダヤ教のごとく宇宙想像のゴットのごとき、架空の人格者を空想し、人間のごとく感情や意志を持っている神がたたってくると恐れるようなことはないのです。

キリスト教のごとく宇宙創造者としての神と、創られた人間との間に切断されることがないのです。
キリスト教では人間はいくら修行しても神になれないのです。
人はいくら修行しても宇宙の創造者にはなれないからです。

ところが日本人は、宇宙の外に人間と同じような自由意志を持つ者がいて、泥をこねてアダムを創り、アダムの肋骨でイブを創ったというような工作的神話を持っていません。
日本人は、宇宙そのものを生命体と感じ、その生命体がおのずと発展して山となり、海となり、草や虫、動物、人間になったと直観しているのです。

ですから、山の神や海の神、火の神といって拝んでも、山や海や火の中にある生命を拝んでいるのです。

白髪の老人が杖を持っているような擬人的な観念的偶像を拝んでいるのではありません。

山そのものを神として拝むのです。

海そのもの、火そのものを神として拝むのです。

言い換えれば、山の中に溶けている生命を神として拝むのです。
古代の人は山や海そのものを拝み感謝したのです。
社(やしろ)を作り御神体をその中に納めて礼拝したのは後のことです。

山を御神体として拝殿を作って拝んだのです。

日本の古神道

山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版から引用

飛騨の古代人乗鞍岳を拝み、飛騨の中心に高くそそり立ち頂上に広い平地があり巨石のある山、日本の中央の分水嶺でもある位山を拝み、その山の巨石を磐座として、その横に天照大神(ヒルメムチ)や、それ以前の先祖を葬り、
拝んできたのです。

(山本健造原著/山本貴美子著『裏古事記ねじれねじれて二千年』福来出版から引用)

原始社会に生まれた神社がここにある
日本人の精神的ルーツとして残る日抱きの宮

原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より

水面に映した太陽の周りに人の輪を作り、我が命の淵源を拝み両親に感謝し、先祖からの申し伝えを暗唱しながら、大自然の中に生育する菜葉や楢や栗、山梨、うど、粟、稗などを食べて、自ら繊維を編んで着て、猿たちと友となり暮らしてきたのです。

そして光を水に映して囲んだそばには祖先を祭る祠をつくり、朝夕感謝し拝んできたのです。
こうして神社は生まれてきたのだと思います。

古代の先祖崇拝の神社は宗教でなくて、生活の中から生まれてきた感謝の道徳だと思います。
(山本健造著「明らかにされた神武以前」P42-43引用)

日本人の起源説は、飛騨の口碑が正しいと考える根拠

日本列島の頂上は飛騨である

原著者=山本健造/編集者=山本貴美子「日本のルーツ飛騨」福来出版より

地球は五十億年前にかたまり、
大陸の東側の浅い海に附属していた日本列島は火山岩の一種の玄武岩(げんぶがん)に押されて東へ、東へと年間数センチメートルずつ移動をはじめ、長い年月を経て現在の位置になったと地学者は考えています。

最初に海上に頭を出したのが飛騨であったので地学者は「飛騨大陸」と言っています。

四億八千万年前のミジンコの化石が飛騨のアルプス麓、福地に発見され、サンゴ、三葉虫等多数の生物化石が発見されて天然記念物に指定されました。

日本アルプス麓の大森林の中には今なお、日本猿が住んでいます。

アルプスの麓(ふもと)の太古の人類はこれらの猿と先祖は同じであったと考えてもよいかと思います。

1992年(平成4年6月2日)産経新聞によると熊本県御船町で恐竜の時代に生きていた九千年前の哺乳類の化石が発見され日本本土に人類が進化する可能性を証明したものです。

こうして、日本に生まれ、日本で進化した純粋の人類が住んでいた頃は、世界の温暖な海岸や、大河の沿岸に、至る所に人類が進化を続けていたと推定されます。

アフリカに四百万年前の人類の骨が発見されると、その人間が全世界に広がったと考える学者がいます。

これは早計な考えでアフリカには骨を保存する条件が備わっていたまでのことです。

日本のように、酸性土壌で多雨地帯では分解が早くてとても人骨などは残っていません。

日本に骨が残っていないから、そこには生物は発生しないし、進化もない、従って人類は発生しなかったと断定することは、目の前にある物だけはみとめるが、正しい推理上の事でも見えないのだから否定する。

という短絡的態度であると思います。

(山本健造著 1992第4版「日本起源の謎を解く」福来出版から抜粋)

大和民族は日本国土にわいた民だ

9000万年前の哺乳類化石

熊本県御船町で九千万年前の哺乳類の歯が発見されました

平成四年六月二日産経新聞に発表されたところによると熊本県御船町で九千万年前の哺乳類の歯が発見されました。

この歯は現在の地球上に住んでいる哺乳類の総先祖に当るハツカネズミ程の大きさのものである。
と京都大学霊長類研究所の瀬戸口烈司助教授が語られています。

これから考えても、日本に哺乳類が進化し人類まで進化したと言っても突飛な説ではないのです。

日本の温度は一万年も昔は今より八度ぐらい高かったとみています。
ですから、乗鞍岳や御嶽の間に近い日和田は海抜一千三百メートルもある所で、今ではとても人類の住めない所ですが、横穴式の住居跡が発見されています。

これは旧石器時代のもので、今から二万年前から一万年前までにわたる極めて長い間、人々が住んだ遺跡であって、旧石器時代最後頃の人類歴史を探るのに極めて貴重な資料です。

恐らく日本でも猿人から原人、原人から旧人、旧人からホモサピエンスの私どもに至るまで進化を続けてきたものと思います。

東北地方の馬場壇遺跡からは二十二万年前~三十七万年前の石器が発掘されています。
これらの人を原日本人と呼べると思います。

今でも霊長類の猿がアルプスのふもとに厳寒に耐えて住んでいて、畑へ出て芋などを掘って逃げて行くのです。
猿などは舟に乗って渡来したとは思われません。
猿がいるということは太古の人類がこの地で進化を続けてきた証拠です。

渡来説を唱える人は「アイヌ人も渡来民であり、縄文人が渡来し、その後弥生人が渡来して縄文人を九州や北海道へ追い詰めた」とよく言いますが、私はにわかには信じられません。

少数の渡来民族が文化や言語を持ってきても、その言語を吸収同化する程の日本語が全国にひろがっている程に原日本人が住んでいたと推定されます。

山本健造著「明らかにされた神武以前」P248引用

原日本人には白血病ウイルスは無かった

原日本人の血液特徴

山本健造著 1991 『日本起源の謎を解く -天照大神は卑弥呼ではないー』福来出版引用

京都大学名誉教授日沼頼夫氏が、1981年に、新しい血液ガン、成人T細胞白血病(ATL)の原因である新ウイルスを発見されました。

このウイルスの自然感染の経路は、家族内だけ、つまり、母子、夫婦間に限られるのです。
丁度、遺伝のように、子々孫々に伝わってきたウイルスです。
ただ、感染しても、必ず発病するわけでないのです。
発病すれば、二年以内に殆ど死ぬのです。

このATLウイルスの感染者は九州や四国の南部に生まれた人に多いことがわかり、特に沖縄とアイヌに著しく多いことがわかりました。

次の地図でわかる如く、このATLウイルスの感染度は北海道のアイヌは45.2%と極めて高いのに北海道に住む昔からの和人は1.1%と極めて低いのです。

そして沖縄の琉球人が33.9%と非常に高く、九州南部も7.8%とかなりの感染度を示し中国地方や四国は0.5%となり、兵庫、京都あたりは1.2%です。

ところが飛騨を中心とする山岳地帯は天然の城壁で民族の流入は極めて少ない太古のままの血液を保持しているので感染度は極めて低く0.3%で、0に近いのです。

そして東北地方は1.0%であり、茨城県になると0.7%、だんだん飛騨に近くなると感染度が低くなります。

これは何を意味するかというと、原日本人は感染度0.0%であって、日本全土にほぼ満遍なく住みついていたところへ、南方の感染度の高い民族が暖流に乗って日本の沖縄や九州に漂着し、四国や、中国地方に上陸して次第に本州に入り込んだと推定できます。

兵庫、京都、大阪あたりは瀬戸内海に入り込んだ感染度の高い民族が上陸したと推定できます。

そして南方から漂流した人々が北海道に上陸し定着したのがアイヌであると推定できます。

漂着し易い九州の鹿児島、長崎、宮崎、九州の北部、四国の南部、紀伊半島の先端、隠岐、東北の飛島、牡鹿半島、三陸海岸、北海道の一部に感染度の高い比率を示していることからも、

日本には感染度0.0%の原日本人がほぼ満べんに住んでいたのに稲作をもたらした弥生時代(BC300~AD300年頃)に南方の民族が新しい言葉、風習ばかりでなく、ネズミまでつれて来たらしいのです。

感染度の高い地方のネズミの品種が人間の場合と同じなのです。
(山本健造著「日本起源の謎を説く」福来出版 引用)

「日本起源の謎を解く」では、母系だけの遺伝子を伝える遺伝子で人種がわかる事や、アイヌと宮古島に共通特異な遺伝子の発見がある事。

さらに、人類発生と言語についてからも日本人のルーツは飛騨であり、飛騨に伝わる口碑が科学的に正しいことの根拠を書いていますので興味がある方は是非読んでみてください。

最新DNA科学で解ったことは、飛騨の口碑が正しい事を裏付ける内容

2015年5月29日(金)NHKで「分かってきた縄文人のDNA」と言う番組が放送されました。
国立遺伝学研究所 斎藤成也教授は、
「大陸の中国とか東アジアの人たちとは少し私たちは違っている。」と言っています。
番組では、古くからいた縄文人が今の私たちのDNAにどんな影響を与えているのか、そして縄文人とはどんな人たちだったのかは、これまで詳しくは分かっていませんでしたが、
近年、DNAを調べる技術が高まって、現代の日本人と縄文人のつながりが明らかになってきたという内容です。
「DNAの研究」では今、日本人のルーツについて新たな説が出てきていると言っています。
まだまだ分かっていないこともたくさんありますが、今後さらにDNAの研究が進めば、私たちの先祖の知られざるドラマがもっと明らかになってくると言います。
飛騨に伝わる口碑は、「正しい」と科学的に証明される事を心から望んでいます。

まとめ

古事記は、神話化されボカされているが歴史的史実が元となっています。
オリジナルは、口碑として飛騨の山奥の語部翁に伝わっていました。

大勢の病人を一指触れずに念じて(神通力)治してきた山本健造氏だから語部翁は「いつか良い時期に、世の中に伝えてくれよ」と託されたのです。

コメント

  1. より:

    人骨はリン酸とカルシウムでできているので、酸性の環境にさらされるとカルシウムは溶解します。
    火山灰性土壌の日本の国土では酸性土壌故に微生物が少ないので、それによる分解は起こり辛いと考えます。
    日本で生水を飲んでも大丈夫なのは、酸性土壌で殺菌されて微生物が少ないからです。

    ミジンコなどの微生物が太古の地層から発見されるのは、その微生物が環境から浸食されづらい物質に取り囲まれていた場合で、骨が溶けるのに微生物が残っているのはおかしいというのは、極めて短絡発想です。

    • 山下住 より:

      あ 様

      コメントありがとうございます。
      >骨が溶けるのに微生物が残っているのはおかしいというのは、極めて短絡発想です。

      どこの部分を指して言っているのかわかりませんが、短絡発想であろうがなかろうが、「飛騨の口碑」を紹介しているブログです。
      現在でも日本は、本家と分家で仲良く暮らしています。
      また、苗字は地名等にもなっています。
      いつだれが、本家と分家というシステムを作ったのでしょうか?
      どこの国にもありませんから、日本の日本人の文化です。
      自分の先祖を遡って行けば微生物へ繋がり、大自然へつながっていくことは事実です。
      口碑が残っており、現実に日本人が日本に大昔から住んでおり、精神文化(日抱きの御魂鎮め)が伝わっている現実。
      日本に日本人がいること自体、命を遡れば微生物にまでさかのぼっていきます。
      急にパッと人間が現れたわけではないですから。

      あ様のご研究結果をよろしければお聞かせください。
      参考にさせていただきます。

  2. ニャンコ より:

    四億八千万年前のミジンコの化石が飛騨のアルプス麓、福地に発見され、サンゴ、三葉虫等多数の生物化石が発見されて天然記念物に指定されました。

    日本アルプス麓の大森林の中には今なお、日本猿が住んでいます。

    アルプスの麓(ふもと)の太古の人類はこれらの猿と先祖は同じであったと考えてもよいかと思います。

    1992年(平成4年6月2日)産経新聞によると熊本県御船町で恐竜の時代に生きていた九千年前の哺乳類の化石が発見され日本本土に人類が進化する可能性を証明したものです。

    アフリカに四百万年前の人類の骨が発見されると、その人間が全世界に広がったと考える学者がいます。

    これは早計な考えでアフリカには骨を保存する条件が備わっていたまでのことです。

    日本のように、酸性土壌で多雨地帯では分解が早くてとても人骨などは残っていません。

    日本に骨が残っていないから、そこには生物は発生しないし、進化もない、従って人類は発生しなかったと断定することは、目の前にある物だけはみとめるが、正しい推理上の事でも見えないのだから否定する。

    という短絡的態度であると思います。

    4億8千万年前のミジンコが残っているのに、人骨は酸性雨で溶けて無くなるのは何故ですか?

    きっとあなたは専門家じゃないから知らないとしか言わないんでしょうね。
    あなたはDeNAの健康サイトの騒動を知らないのですか?
    山本建造っていう人が本で書いているのを紹介しているだけだから、自分は知らないと言えば通用するとでも思っているのですか。
    何の根拠もない事をネットに流すのは問題ですよ。
    山本建造って人亡くなってるし。
    誰が責任取るんですか。

    • 山下住 より:

      ニャンコ様

      はじめまして、コメントありがとうございます。
      ニャンコ様のご意見・ご指摘を尊重しながら回答させていただきたいと思います。
      私が、山本健造先生・山本貴美子先生のご著書を紹介するブログ(当サイト)を作ったのは最初に書かれているように「十二、十三才くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」と言うショッキングなことからです。
      私は日本人として大和民族として、自分のルーツを、また素晴らしい日本の国がどういう具合に成り立ってきたのかを知りたいと思いました。
      古事記は、おとぎ話のような内容で書かれている所があり史実としては?マークが私の心に付きました。
      日本書紀は天皇の悪口が多く書かれていることから、ネット上に「天皇は覇者である」ような内容を書き込んでいるが、果たして覇者である天皇が自分の悪口を書くのか?と、これまた自分の心に?が付きました。
      そんなときに拝読したのが山本健造著「明らかにされた神武以前」福来出版です。
      神武以前の事が、口碑として飛騨に伝わっている内容を山本健造先生・山本貴美子先生が古事記が正しいか、飛騨に伝わる口碑が正しいかを全国を数十年間掛けて調査して回り書き上げた名著だと私は思っております。
      その本の内容が、私の心に響き、日本人(大和民族)の素晴らしさ・尊さを再認識させられました。
      日本には、本家と分家と言うシステムがありますが、いつからなぜあるのかも私は知りませんでしたが、初代大淡上方様が国防のため、みんなが安心して幸せに暮らせるためにはどうしたらよいかを真剣に考えて作られたシステムであり現在でも生きているシステムです。
      こんな素晴らしい日本起源のお話は、おとぎ話化されている古事記より魅力をかんじます。
      そう思うから、ブログ(日記型ホームページ)にしたわけです。
      ニャンコ様の問い合わせ、
      『4億8千万年前のミジンコが残っているのに、人骨は酸性雨で溶けて無くなるのは何故ですか?
      きっとあなたは専門家じゃないから知らないとしか言わないんでしょうね。
      あなたはDeNAの健康サイトの騒動を知らないのですか?
      山本建造っていう人が本で書いているのを紹介しているだけだから、自分は知らないと言えば通用するとでも思っているのですか。
      何の根拠もない事をネットに流すのは問題ですよ。
      山本建造って人亡くなってるし。誰が責任取るんですか。』

      意味が分かりません。

      ブログ(日記型ホームページ)に、「今日私は、頭が痛いので脳腫瘍と思い病院に行きました」と書いた場合は、脳腫瘍と思った根拠を書かなければ責任を問われるのでしょうか?」
      ニャンコ様がご研究されている日本と言う国の成り立ちや史実と、山本健造先生が全国を調査し推論もあると思いますが纏めた内容が違うからと言って、誰になんの責任を取ればよいのでしょか?
      ニャンコ様は、「根拠がない事をネットに流すのは問題ですよ」と言いますが「根拠がない」と決めつける「根拠」はどこからくるのですか?
      ニャンコ様の神武以前説を後学の為に、返信していただければ幸いです。